安立 Aー100の修理

昭和22〜23年頃の物資の無い時代に作られた 国民型 2号A型ラジオです。 10年以上我が工作室の一番手近なところに置かれていたものです。
今回思い切って修理することにしました。

真空管は6D6 6C6 6ZP1 12Fの4球式です。
物資がない時代とはいえさすが安立です、よく考えて作られています。
ただ修理を重ねて使われていたもののようです。
修理の形跡があちこちにあります。



分解してみると シャーシ下に角形のケースに入れられた電解コンデンサーが転がっています。
メーカーでこのような組み込み方はしませんので 後日修理した時のラジオやさんの仕業でしょう。
注意深く見ると 側面(ラジオの中央部)に紙ケースの電解が組み込まれていたらしい痕跡があります。




シャーシ内部の様子


シャーシ内部は 修理の手が入れられていますが、
電解コンデンサー以外はオリジナルに近いと思われます。 ケミコンは 画像下側に紙ケースのケミコンが組み込まれていたと思われます。 金属ケースのケミコンは戦後の一時期流行したケミコンのケースです。
昭和20年代中頃まで使われたと思われる。
後日 修理のため ラジオ屋さんが組み込んだものです。






左側の 四角い穴は折り曲げて ケミコンの固定用に使われたようだ。
トランスの固定方法といい よく考えられている。




シャーシはなかなか工夫されて作られています。
当時は資材の入手難時代ですから お世辞にも良い材料とは言えませんが、
コイルをシャーシから離すなど 工夫が凝らされています。
にわか設計者が設計したラジオとはひと味違います。




トランスに鉄板のカバーがありません、当時は入手が難しかったのでしょう。
ただ シャーシの穴あけは見事です。
鉄板の加工に工夫の跡があちこち見られます。
例えば 紙ケース入りケミコンが固定されていたと思われる部分もシャーシの一部を切り抜いて曲げ、
その部分に穴あけして組み込む仕掛けになっています。
非常に無駄がありません。


このラジオの修理で驚いたのはバリコンを入れきると 動かなくなることでした。
調べて見ると ランプホルダーのゴム(?)が熱で溶けて 下に垂れ バリコンの羽根に挟まっていたためです。
カッターナイフで丹念に取り除いて 解決しました。

ヒューズホルダーもなかなか工夫されていて よく出来ています。
さすが軍用の無線機を製造していた安立電気の技術者が設計しただけのことはあります。

バリコンも素晴らしい作りです、交換した形跡が無いので もしかしたら軍用の余り物か??。

修理後のシャーシ内部

非常に珍しい事に ケミコンとペーパーコンデンサーを交換しただけで 正常に動作しました。
感度調整用のVRは後日交換されているようでした。




マグネチックスピーカーの断線修理

マグネチックースピーカーが断線しているので 巻き替えが必要でした。

巻き替えは やってみると判りますが 意外と準備が大変です。
コイルを取り外して 巻線をほどくのに手間がかかります。
フレームが めづらしい形をしています、この形はあまり見たことありません。



コイルは 馬蹄型磁石を広げて コイルを挟んだ金属片を取り外すのです。

勿論 その前に コーン紙とコイルの中にある鉄片との接続(太い針金)を外します。
下記画像のような治具で広げるのですが なければネジやペンチ等で工夫してください。
なお下側の金属片はネジで固定されているので 外せません、 上側のものだけ外します。



0.1mmのウレタン電線

これは5Kg巻です、他に1Kg巻(緑色)のものもあります。
昔はウレタン線を見るとついつい買っていました。
これだけあると マグネチックスピーカー数百個は巻けるでしょう。






取り外した 巻枠です。
ちゃちな作りですから 壊さないように注意しましょう。
巻線は0.07mm(外形は0.08)程度のものが巻かれています。
ただ素人が巻く場合 この細さでは難しいです、我慢して 0.1mmのものを巻けるだけ巻きます。
今回は3800回巻けました、この辺りが限度のようです。
なお0.15とか0.2の太いものを巻くのは良くありません、手抜きです。

一般にオリジナルは直流抵抗で1000Ω程度です、今回は500Ω以上ありました、
0.07の場合1mあたりの抵抗値は0.1の2倍ですから、抵抗値から推定すると巻き数はこれでよいのかもしれません。



巻線機で 巻いたところ。



ギリギリ 巻枠いっぱいで3800回くらいでした。
巻線機のカウンター




キャビネットの背面

修理後 組み込んだところ、作りはお粗末です。






外観の写真

残念ながらオリジナルのツマミがありませんでした。




背面の画像です、オリジナルの裏板と思われます、簡単な作りです。
キャビネットそのものも 物資不足時代を彷彿させるものです。



キャビネット底面に貼られていた配線図です。




下記 沿革から 昭和24年に 安立から独立し、日本アルファラジオになったようです。
したがって このA−100は独立前の製品ということになります。
 アンリツのホームページから

沿革

120年の足跡

マルコーニが無線電信を世界で初めて成功させた1895年、アンリツは創業しました。近代通信の幕開けとともに歩んできたアンリツ。その歴史は、情報通信ネットワークの進化と重なりあっています。

1890〜1929年

  • 1895年 (明治28年)

    アンリツの祖、合資会社「石杉社(せきさんしゃ)」を設立

  • 1900年 (明治33年)

    安中電機製作所を設立

  • 1903年 (明治36年)

    安中電機、無線電信送信機と30センチ火花コイルを第5回内国勧業博覧会に出展

  • 1905年 (明治38年)

    日本海海戦の緒戦で哨艦信濃丸が、安中製の36式無線電信機で“敵艦見ゆ”の信号を発信

  • 1908年 (明治41年)

    石杉社と阿部電線製作所が合併し、共立電機電線株式会社を設立
    共電式自働電話機の量産化に着手(大正14年に公衆電話機と改称)

  • 1912年 (明治45年)

    安中電機、逓信省電気試験所のTYK式無線電話機を完成
    大正3年、三重県・鳥羽一答志島、神島間での電報業務に利用され、世界初の無線電話の実用化として脚光をあびる

  • 1924年 (大正13年)

    安中電機、放送事業開始にともない、ラジオ受信機、スピーカー、ヘッドホーンを製造

  • 1925年 (大正14年)

    安中電機、東京中央放送局愛宕山送信所第2設備用として国産初の500ワット放送機を製造

  • 1928年 (昭和3年)

    船舶用2kW遠隔操縦式無線電信装置を製造
    浅間丸など欧米航路優秀船用として納入された

1930〜1969年

  • 1931年 (昭和6年)

    共立電機・安中電機両者の合併により安立電気株式会社を設立

  • 1933年 (昭和8年)

    わが国初のテレビジョン放送機製作、浜松高等工業学校に納品

  • 1939年 (昭和14年)

    国産初の自動式公衆電話機1号機を完成
    現在のテープレコーダーの母体となった交流バイアス式磁気録音機を開発 

  • 1943年 (昭和18年)

    同軸ケーブル用中継装置の製造を開始

  • 1949年 (昭和24年)

    ラジオ受信機、計器、蓄音器部門を分離、各独立会社となる

  • 1950年 (昭和25年)

    ダブレットアンテナを用いたARM-6074形超短波電界強度測定器を完成




2016年8月8日
2016年8月10日:127








radiokobo-all

 


真空管ラジオ



inserted by FC2 system