定額(電灯)制 について 


定額用カットアウトスイッチ  投稿者: 三好   投稿日:2007年 4月20日(金)22時25分20秒

内尾様 同窓会お疲れさまでした。やはり何処でも中学生の同窓会は長続きしているようです。
しかし、私達の同窓会でも彼が出席すると場所が盛り上がるといった人物も既に死去し段々寂しくなってゆきます。それにつれて回数も減り今後は絶対、人数も回数も増えるということはありません。
 さて、カットアウトスイッチは 私達の地域でも安全器ともいっていました。メートル器と呼称されていたのと同じです。積算電力計は電力量計と現在は呼称されています。電柱についてるヒューズはケッチホルダーと呼ばれ現在でも各家庭別に取り付けられています。このケッチホルダー昨日も資料を調べているとエジソンの時代からのようです。現在はケッチホルダーと呼ばれているのかどうか知りません。
 定額制の家庭では電球は切れると電力会社で交換してもらっていました。カットアウトスイッチには封印する個所はなく戦前はカットアウトのような形をしたものがありその中に契約容量に応じたヒューズが装填してあり封印する個所がありました。(カトアウトスイッチの横へ取り付けていました)しかし、契約超過よりヒューズが切れる率はコード等の不良によるものが多く電力会社の人を悩ませたようです。戦時中は人手不足で事実上、野放しでした。戦後色々の盗電防止機器も出回りましたが理想的なものはなく可成、理想的な機器が出た頃になって従量制に切り替える家庭が多くなりました。うがった見方をすれば盗電防止機器も従量制促進に一役かったのかも知れません。

Re:定額用カットアウトスイッチ  投稿者: 内尾  投稿日:2007年 4月20日(金)20時44分0秒

今晩は
小学生の頃 安全器(箱型のヒューズBOX)とメートル(積算電力計をこう呼んだと記憶)がついていた記憶があります(戦後すぐの話)。
隣近所みな商店でしたので従量制でした。
電柱にもヒューズがついていたようで、これが良く切れました。
定額用カットアウトスイッチは電力会社の職員が管理するのではと思います。
恐らく 封印してあったのでは。

カットアウトスイッチ  投稿者: 水落/JA2PKR  投稿日:2007年 4月19日(木)22時18分30秒

カットアウトスイッチについては東京電機大学出版局の工業高校用「電力設備」教科書(昭和44年3月)の屋内配線の章に図入りで説明があります。私が高校生のころ,実家もすでに従量制ではあったでしょうが,教科書の図と同じ(陶器のボックスの蓋側に爪付きヒューズが2本付いた)ものを使っていました。あるとき,そのヒューズが切れ,親に頼まれてヒューズを交換したことがあります。一次側は活きたままなので,触れないよう緊張して作業したことを思い出しました。

Cut Outの日本語訳  投稿者: 服部  投稿日:2007年 4月19日(木)21時49分11秒

カットアウトの日本語訳に私も興味がありましたので、国会図書館ホームページ内の「近代デジタルライブラリー」で調べてみました。明治26年電友社発行・伊藤潔 編「電気訳語集」http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40067126&VOL_NUM=00000&KOMA=19&ITYPE=0
によると「Cut−Out」は「保安器」となっています。
編集済

カットアウトスイッチ  投稿者: 三好   投稿日:2007年 4月19日(木)19時53分24秒

日高様 気になりましたので先刻調べてみました。(本日昼過ぎ)仰る通り日高様の写真のものはカットアウト(CutOut)です。蓋があって(蝶番付)そこへヒューズを入れてあるのはカットアウトスイッチです。明治43年頃の電友社編のものにはカットアウトの日本語訳はありません。一方カットアウトスイッチは安全開閉兼用器、昭和7年頃で電力輸送及び配電 北原真琴著 ではカットアウトは単に日本語では 小角安全器、カットアウトスイッチは 引込開閉器 となっております。序に シーリングブロック(ローゼット) については明治時代は直訳のまま、昭和には シーリングローゼット 日本語は 紐線吊 となっております。出典は昭和55年オーム社発行の 電気と工事 創刊20周年記念号から引用しました。 尚、明治29年 東京湯島の岩崎邸の写真を見ますとカットアウトと回転式のスイッチが見られます。(分電盤の写真)その頃は直流だったので最初にカットアウトを設置したのだろうと解説されています。戦前のことですから、その名残だったのかも知れません。このカットアウトについては戦後生産されたらしいものは私は見た事がありません。

Re:定額用カットアウトスイッチ  投稿者: 日高  投稿日:2007年 4月19日(木)15時22分30秒

 三好様

単純なヒューズホルダーは「カットアウト」乃至「ヒューズボックス」
蝶番仕掛けの断路機構付きのものは「カットアウトスイッチ」「安全器」
と解釈していました。
#誤解を招きやすい表記、出典の曖昧さ何卒ご容赦下さいませ。

カットアウトスイッチは未だ製造されているようです。
http://www.saida-kouki.co.jp/

九州電力(まだ九州水電かも・・・)での内線は定額はカットアウトスイッチ抜きに
このヒューズボックスが取り付けられていた形跡を良く見掛けます。
http://page16.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/u10999740
私が九州を歩いた限りではこの出品と同じ形式のものが引込み線後に1個という
スタイルが多いようです。

ヒューズ交換時は一次側の電線を抜いてヒューズを取り付けたのでしょう。
或は昼間交換するとせば、電気が来ていない訳だったのかもしれません。

三好様のご指摘通り、これは1円出品物で残りの0.5円はカットアウトスイッチでした、
電力会社か昼夜送電かで安全器の要不要が決まっていたのでしょう。
編集済

定額用カットアウトスイッチ  投稿者: 三好   投稿日:2007年 4月19日(木)14時30分16秒

日高様数十年振りに珍しいものを見せて頂きました。名称は分かりませんが、普通カットアウトスイッチとは蓋を開けると電路が開放されその蓋にヒューズが取り付けられているものを差して言っているようです。私の叔父の家では風呂場が離れた場所にあったため居宅より架空線で風呂場へ配線し、風呂場のシーリングローゼットの横についていました。定額制の家庭でも電力会社からの引き込み直後(家の内部に入った場所)にはカットアウトスイッチが取り付けられていました。したがってこのヒューズボックス(私が仮にそう呼んでいます)は一応カットアウトスイッチを経由した後、取り付けられるものと思います。尚、先日この掲示板にも書かせて頂きましたが鳩目を使って天井灯を設置した場合のヒューズボックスに日高様の写真と同じものが使われていたのを見たことがあります。しかし、常時電気がきている場所でこのような器具のヒューズを取り替えるのは怖いですね。今となっては、この器具もお宝です。余談ですが電力会社によっては内規に納屋など離れた場所へ架空線で配線する場合は架空線の長さによってこちらの出口と向こうの入口にはヒューズボックスのような装置を設けなければならないことになっていました。

定額灯用カットアウト  投稿者: 日高  投稿日:2007年 4月19日(木)11時19分3秒

文鎮代りに使っていました。
オークションで送料別0.5円で落札した来歴があります。
普通、定額灯のカットアウトの蓋はネジ止めなのですが、
バネで止めているので新案を取ったものと思います。


RE:定額灯制  投稿者: 日比野  投稿日:2007年 4月16日(月)00時27分58秒

日高様 津田様 三好様 梅田様 大変貴重な情報をありがとうございました。夜間のみの送電については小さい時の記憶なので半信半疑でした。私の家は昭和10年当時から床にラジオ用のコンセント(ジンボウ製)が特別につけてあり、コンセントの中に5Aのヒューズがついています。昭和20年には家ではラジオが昼間から点けっぱなしになっており、東部軍管区情報を聞いていました。
私の家から500メートル位の所に富士フイルム、1000メートルくらいの所にユアサ蓄電池があり艦載機の爆撃と機銃掃射で攻撃され、それた爆弾が家から150メートルほどの畑に落ち破片がいえまで飛んできて怖い思いをしました。
玉音放送は家の高1ラジオで聞いた記憶があります。
編集済

ブレーカーとコード  投稿者: 三好   投稿日:2007年 4月15日(日)23時09分28秒

日高様 現在でも普通のコードといえば0.75スケヤが殆どですね。天井から下がっているコードもたいてい0.75スケヤです。ずっと昔は引込み口のカットアウトスイッチ(ヒューズが入っていた)は10A、その後15Aになりブレーカー(ノーヒューズブレーカー)もその頃は15Aでしたが今では20Aです。確かに何かあった時、私も状況によっては危険な場合もあると思います。それで私は少容量の常時設置している器具例えば神棚や仏壇の灯明、等には市販の6Aブレーカーを取り付けていますし人にも勧めています。(精神衛生上も込めて)これならば余程の事がない限り予防できます。案外あの小さいソケットはショートすることも多く実際に豆電球取り替え中ショートさせてビニールコードが燃え上がった実例を知っています。しかし、ヒューズは誤って太いのを挿入すると事故の時大変ですが、その点ブレーカーのほうが信頼性の点で勝るのではないでしょうか。いずれにせよ100Vでも怖いときがあります。ある農村でショートさせた家庭が大きいヒューズを入れていたため丁度宵の一番電気を使う時間だったため柱上変圧器のヒューズが飛んでしまったそうです。


RE:定額灯制  投稿者: 梅田  投稿日:2007年 4月15日(日)21時06分31秒

日高さまが挙げられておられる、交直両用充電式「国防ラジオ」の
回路図を下記のサイトにアップしておきました。
NHKのものより、数年あと(1937年)のものです。
参考までに

http://fomalhaut.web.infoseek.co.jp/radio/radio-circuit.html


Re:定額(電灯)制  投稿者: 内尾  投稿日:2007年 4月15日(日)19時18分1秒

三好さん
書き込み有り難うございます。
定額電灯について、別途ホームページの方に纏めさせて頂きたいと思います。
現在 バタバタしていますので、落ち着き次第作業します。
ご存知の範囲で結構ですから、追加して書き込んでいただけませんか。

現在記録しておかないと段々わからなくなります。

re:定額(電灯)制  投稿者: 梅田  投稿日:2007年 4月15日(日)10時38分6秒

http://homepage3.nifty.com/yoshihito/hp-3.htm
には、8月15日の敗戦の日天皇の玉音放送に関して
前日の、NHKによる翌日の玉音放送の予告のなかで、

「なお昼間送電のない地方にも、正午の放送の時間には、特別に送電いたします。」
という放送があったことと、


「当時は電力不足が深刻な状態で、軍需工場などに優先的に電力を供給した結果、一般家庭では昼間は停電する地域がかなりありました。玉音放送に備えて昼間送電を止められていた地方にも特別に送電すると共に、放送電力もそれまでの十キロワットから特別に六十キロワットまで増加されました」

と書いてあります。
昼間送電されなかった地域があったこと、8月15日の正午前後には、その地域でも
特別に送電されたことがわかります。

定額(電灯)制  投稿者: 三好   投稿日:2007年 4月15日(日)09時56分40秒

当掲示板の主旨から外れると思いますが、遡れば電灯が農山村に普及した頃からあった制度と思います。その頃、変電所から賑やかな町村部までは昼夜間電気が来ており、商店、医者など昼間も電気を必要とする所、その他動力にも供給されていました。そこから外れると、もう夜しか供給されない地域です。その頃は高圧配電線も昼夜供給と夜間供給の2回路が一本の電柱に共架されており両方が供給されている地域では、同じ定額制でもラジオは昼夜線、電灯は夜間のみという一軒の家に引き込み線が二つあるという家庭もありました。甚だしい例としては、風呂屋さんで電灯は定額(客の浴槽内も)水の汲み上げ用の動力はメーター制という例もありました。
日本が終戦に際し発せられた昭和天皇の玉音の時間は私達の住んでいた村では、その時間帯は特別に夜間のみの地域にも送電されました。また、夜間送電地域でも電灯の個数が多い農家では従量制となっていた家あります。戦後、夜間のみの送電が廃止されたのは、GHQの意向もあったと聞きましたが、その点についてご存知の方は是非お聴かせ頂きたいと思います。
その後、昼夜送電になったのはよかったのでしょうが電気料金も上がり、3灯位の定額制の家庭では5灯以上の平均的従量制家庭より料金が高くなるという現象が起こりその頃の従量家庭と同様5灯に増設し従量に切替える家庭が続出しました。当時は電力会社も貸し付ける電力量計が不足していましたが、希望する家庭が電力量計を買って従量制にしても早い家庭では一年少々で元は取り返したという話もありました。盗電対策としては、電力会社も智恵を絞り色々な機器を取り付けていましたが、これは当掲示板の主旨にも外れる出来事と思いますので、これで失礼します。

定額灯制は昼間送電?  投稿者: 津田  投稿日:2007年 4月15日(日)07時48分24秒

戦後の1946年の話ですが、当時メーター制にするには電灯を5個以上?という規定があり、我が家は40w,20wの2燈なので定額制でした。同じ配線でメーター制の家もあり、内尾さんが書かれたように電気は昼間も来ておりました。規定より大きな電球をつけると契約違反でした。




定額灯制  投稿者: 日高  投稿日:2007年 4月14日(土)18時18分50秒

>日比野様
定額灯制は今でも探せばあるでしょう。
古い公民館「等」で更新されていない物件等で往時の契約がそのままの所がありました。
詳しい事は申上げられませんが、3年ほど前に新築した際、それまでの契約が定額60W
であったので驚いた事があります。そこには200Wの裸電球が明々と・・・冷や汗。
もっとも年に20日も使わぬ状態でしたが。

#以下は耳学問です。

>定額制を夜だけ
低圧配電線を単相三線化にするあたって、夜間線を利用したとのエピソードがあります。
都会では夜間専用線があったようです。
昭和40年代の定額灯契約は新規にという所はなくなっていたようです。
その時点で、電力会社側も契約外の負荷の取締りをしなくなったようです。
ヒューズが5A位ですからTVも難しかったことでしょう。

昼間の送電ですが、「昼間は送電の義務なし」の約定があった所もあると聞きます。
加筆:(義務なしですから、実際は送電されていた)

http://www.nhk.or.jp/museum/book/kiki100sen084.html
この種のラジオは戦後復興期の停電・ロウソク送電にも活躍したようで
何とも皮肉です。

定額灯制は昼間送電?  投稿者: 内尾  投稿日:2007年 4月14日(土)17時08分21秒

定額灯制は経験したことが無いのでわかりませんが、夜だけと言う事は無いと思います。
夜だけ送電で昼間停電と言うのは地域によると思います。
定額制を夜だけにするには送電系統まで分けねばならず、費用がかかるので無理では。

Re:タンガー充電器  投稿者: 日比野  投稿日:2007年 4月14日(土)11時30分43秒

日高様
定額灯時代 廊下、トイレの二燭には課金されなかったとのこと、面白いお話を伺いました。ところで定額電燈制度は何時ごろまであったのでしょうか?私の家は昭和10年に父が建てたもので、ラジオを聴いたりアイロンを使う為昼間から電気がきていないと困るので、メートルにしたと聞いた覚えがあります。昭和22〜23年頃友達の家に遊びに行ったら、定額のため、おおきな電球は使えないと聞いたような記憶があります。また定額灯制は昼間は送電されなかったのでしょうか?だとすると戦時中ラジオで警戒警報など聞くことが出来なかったのでは、、、。

タンガー充電器  投稿者: 日高  投稿日:2007年 4月14日(土)03時15分20秒

 三好様

タンガー充電器はタンガー管を手に入れて作ってみたいなと思った事がありますが
フィラメントが大食いなので二の足を踏んでいました。フィラメントトランスだけで
十分なのですね。
タンガーはフィラメント電圧が規定でないと寿命が短くなると聞いた事があります。
タンガーはラジオ用B電池の充電にも使われたようなので、この場合は0.1Aオーダー
で使われる事になりますから、定格で流さないといけないのはフィラメントでしょう。

B電池を使うような時代のラジオは201Aをレオスタットで加減し、真空管の寿命の
問題からA電圧はできるだけ削って使うというのが定石ですが、タンガーでこの
使い方をするとB電池の充電時、電極を損うという事かと思います。
http://homepage2.nifty.com/kawoyama/tubestorytungarbulb.htm

201A時代とタンガー充電器黎明期は被るので特に注意書きをしたものでないでしょうか

http://www.powerstream.com/1922/battery_1922_WITTE/batteryfiles/chapter11.htm


>電球
ナショナルは1CPの球体の丸い「国民球」をまだラインナップしていますね。

今でもスイッチ(点滅器)は3Aの物が多いですね。
自宅で昔60W×4の照明を居間に使っていましたが、壁のスイッチの接点が
やられてしまい、TVへのノイズが強いです。

昔0.75sqに変換するシーリングローゼットには昔は数Aの糸ヒューズを
使っていましたが、今はブレーカーが20Aなのにこの種の保護は無いですね。
英国ではコードのプラグにヒューズが入っていると聞きますが・・・・。

昔の様にセパラボディを使うような事は少なくなったので良いのかも知れま
せんが、0.75sqの短絡時は本当に20Aで保護可能か一抹の不安が残ります。


 日比野様

>2燭光
今普通に使うナツメ球には1CPの表示があったと思います。
2CPのE26球は常夜灯に使うには私の目には明る過ぎるようです。

定額灯時代、廊下・便所用に2燭光を使う場合は課金されなかったと聞きます
から、1CPクラスのナツメ球まで「ニショッコ」呼ばわりされたのでしょう。

#最近の「カンデラ」は往時の「燭光・キャンドルパワー」と使い方が
 異なるので、昔の文脈の燭光は全光束ルーメンで置き換えた方が得策
 のようです。


 内尾様

殆どラジオから外れた内容で申し訳ありません。


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